【コラム】「手書きが好き、デジタルは ⋯⋯」2021年09月08日 8回

金属の塊と対峙するのと、自然の一片と向き合うのとでは思考の回路や思考自体の内容が変わってくると思う。

思考、発想というものは実に不思議なものであり、ある時に突然現れ、ある時に突然消える。そして、その実体は全く掴めず、見えない液体であるかのようにするすると物事の間を走り抜けている。

そんな液体の一部をどうにかして掴んで自分で作った枠に流し込み、何とか形を保持させる。それが文章である。

ここで難しいところは「どうやって掴むか」である。いつどこからその液体がプクプクと湧き上がってくるかは誰も分からない。

散歩している時かもしれないし、湯船に浸かっている時かもしれない。思わぬ時に出てきたその一瞬を逃さない。その時、私はその液体の様子を五感を総動員して、その様子を探り、掴み取ろうとする。

漏れそうになりながらも、必死に手に収めた液体は炭に乗せて、そっと紙の上に置いていく。

だが、どうだろう。今の時代は「デジタル」が主流となり、パーソナルコンピュータとやらを使うのが当たり前。もはや、その金属の塊と睨み合って、0から1を生み出そうする人も少なくない。それが本当に可能であれば、とても楽な話だ。液体を自分で生み出し、自分の好きなように操れるのだから。もはや固体にすることができるというのだろうか。

しかし、思考はそんなにバカ正直ではないだろう。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。