【コラム】「読書は栄養」2021年09月11日 11回

動くためには、エネルギーが必要不可欠である。車は燃料を必要とし、生物は栄養を必要とする。

栄養は食べ物や飲み物から摂取するものだけではないと思う。たとえば、愛情や幸福感も栄養といって良いのではないだろうか。

栄養というものを広く捉えると、読書も非常に重要な栄養素だろう。

私は文章をよく書くが、無から何かを生み出し続けるというものはかなり難しいことであり、誰かから聞いた話や自分が体験したこと、あるいは見た風景、聞いた音、感じた気持ちなどを材料に文章を組み立てている。そのうちの大きい要素が読書である。

それは車ならばガソリン、パソコンならば電気のように、なくては、文章を書くこと、いや何かを伝えたり表現する術を失ってしまうほどに重要なものである。

「読書をしなくても、言葉は失うわけではないし、問題ないのではないか」という声が聞こえるが、それは少し違う。

ガソリンが切れても、車はそこに存在し続ける。バッテリーが切れても、パソコンはそこに存在し続ける。だが、それに何ができるだろうか。車としてパソコンとしては既存のままだが、それらが動き出して新たな物語を創ることは決してないだろう。

今ある言葉や経験の枠の中で生き続けるか、いや私は未開拓の土地に出向きたい。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。