【コラム】「変わることが栄養剤であり起爆剤」2021年09月24日 24回

良いコンテンツとはどんなものだろうと考えてみた。

それは「進化や成長が感じられるコンテンツ」だと思う。もちろん「変わらないこと」が大事な場合もある。老舗料理屋の味や着物の伝統的な染め方、あるいはコンテンツを届ける目的やモットーなどがその例だろう。

しかし、変わることが必要な場合も多く存在する。具体的に「変わる」とは何を変えることかというと、欠点を削り、コンテンツの消費者のニーズに対応したり、それを上回るシステムやサービスをつくるということだ。アプリケーションのアップデートを例に考えてみよう。多くのアプリは頻繁にメンテナンスやアップデートを行なっている。定期的なメンテナンスではバグや諸々の不備がないか点検をする、つまり欠点を探す。そして、そのアプリのアップデート内容を見てみると「バグを修正しました」や「〇〇の機能を追加しました」といった内容が書かれていることが多い。バグの修正が欠点を削ることであり、機能を追加したり改善することは、ニーズに対応してコンテンツをブラッシュアップしているということである。

もし、そのような変化を一切しないコンテンツがあるとしたら、その消費者の増加数は滞るか減少することだろう。そのコンテンツが完成しきって、欠点もなく、これ以上進化のさせようがないとしたら話は変わってくるが、そのようなコンテンツを見ることはまずない。(自己満足として無理やり完結させることは可能ではあるが、消費者の視点からみて完成することはないだろう)

常に進化し続けるものが生き残り、停滞したものは淘汰されゆく社会。これが良いとみるか悪いとみるかはその人次第ではあるが、いずれにせよ変えるべきところと変えないところの線引きを明確にすることは重要だろう。

足るを知る」の精神と相反するじゃないかとも思ったが、この資本主義社会における企業に対して「足るを知れ」と言うのは違うと思う。企業は利潤を追求するものであるから、発展を停滞させるのはかなり危険である。どちらかというと、足るを知るべきなのは我々消費者なのかもしれない。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。