【コラム】「ミニマリズムがある理由」2021年09月27日 27回

たった今感じたことを即座に文字に起こしている。急げ。

ミニマリズムについてだ。まず、なぜ今の時代にミニマリズムがブームを巻き起こしているのか。それはやはり、煩雑になりすぎた世界に対しての「救いの手段」であるからだ。また、豊かになりすぎたからだ(生活水準が上がった)。全てを含めて、モノが増えすぎたからだ。ちなみに、ここでの「モノ」とは、物質として、さらには事柄も含めて広い意味で、森羅万象すべてをモノと呼ぶことにする。

話を戻そう。そのようなことをなぜ今感じたのかというと、机の上の辞典を片付けたからだ。どういうこと?えぇ、詳しく言うと、机の上にずっと大量の辞典を並べていたのだが、ふとそれを本棚に移動させてみようと思ったので、移動させた瞬間、目の前の机の面積が倍になったのだ。(正確に言うと、使える面積が)何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、本当にびっくりした。急激な変化というものは、本当に驚かされる。例えるなら、「右を曲がったらお化けがいますよ。」という看板を見た後でお化けに出くわすのと、何も知らずに角を曲がってお化けに出会ってしまうことぐらい違う。良い例えだったかは分からないが、結局何を言いたいかというと、倍ほど違う変化は日常生活の中で滅多にあることじゃないので、AとBの差をXとすると、Xは「驚き」と強い正の相関関係があるということとに気づいたわけだ。自明なことだろうが、改めてそれに気付かされたのだ。だがこれはまだ本題じゃない。さらに続けよう。

何かを減らすと、「残ったもの」に目が行くようになる。人間にマルチタスクが無理だというのは多くの人が分かっており、実際にそう思う体験があったという人も多いと思うが、モノが多いと、私たちは必然的にマルチタスクになる。目の前に消しゴムと鉛筆とノートがあるのと、目の前に消しゴム1個だけがある場合だと、自分のモノに対する感じ方や考え方は大きく変わってくるだろう。

卓上に限らず、世の中はモノで溢れかえっている。溢れかえる広告、24時間飛び交うニュース、凄まじい交通量など、目を開けば(いや、開かなくても)そこはモノだらけ。つまりマルチタスクになり、何もしなくても疲れてしまう。今はもうそれがあなたの片手で発生する状況が日常茶飯事となりうる時代だ。スマホだ。兎にも角にも、社会はモノで氾濫し、私たちはピントのあわせどころを見失っている。

そこでの救世主が前述同様、ミニマリズムだ。ミニマリズム的な精神は昔からずっとある。何なら、昔はほとんどがそうだったとも言える。ただそれが一般的なだけに、イズムであることが認識できず、当たり前の暮らしとしてミニマリズムが存在していた。時代によっては、豪華で壮大なモノを好む文化があり、そのような時代はミニマリズムと距離が生まれるが、そのような時代で逆に最小限を主として、一点に集中する者が、ミニマリストと呼ばれ、ミニマリズムの発見が起こる。例えば千利休もそうだろう。侘茶を大成させた人物として有名だが、彼の思考にはいつもミニマリズムが働いていた。庭の朝顔をすべて刈り取り、一輪だけ飾った待庵の話はそれを象徴していると言えるだろう。いつの時代にもミニマリズムは存在し、いや何ならそれが本来の最適な暮らしなのかもしれない。ピントがなかなか合わないのはカメラのせいではなく、合わせやすくする環境を作れなかった私のせいでもあるなと思いながら、一点集中という言葉を胸に刻んで今後も生活していかなければならないなと思う。

ミニマリストはモノをとにかく減らしたいヤツではなく、無駄を削ぎ落として、自分の愛する一点のモノに全身全霊で集中するという高貴な術を持っている賢者と言える。いわば、一途な者だろう。私もそうなりたいと思い、広い机で文の殴り書きを終えた。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。