【コラム】「習慣は自動運転装置」2021年09月30日 30回

今日で九月が終わる。

あっという間だったか、長いと思ったかは人それぞれ違う。でも、両者に共通しているのは、時間は常に動いていて、止まったり巻き戻ったりはしないことだ。変わらぬ真理というものは、とても真面目で、冷酷の極みと思う時もあれば、信頼出来ると思うこともある。楽しいことをしていると、「時間よ、どうにか止まるか、遅くなってくれ」と願ったりするが、時間の突き出す答えは「NO」だ。逆に辛い時は、「早く終わってくれ、なんならスキップしてくれ」と頼んだりしてみるが、時間が言う答えは変わらず「NO」だ。冷たいヤツ、と言いたくなることなんてしょっちゅうある。

絶対止まらないし、遅くも早くもならない水の流れにボートをぷかんと浮かべてずっと流れていく感じ。これからの人生、そのボートに乗り続けて、いつか滝から落ちる。もしかしたら、途中で岩に当たったりして転覆するかもしれない。挙げ句の果てには、人間同士で相手のボートを攻撃し出すかもしれない、恐ろしい世界だ。そんな川下りはしたくはないなぁ。綺麗な澄んだ水の上を流れに身を任せてのんびり進んでいきたい、と思ったりするが、人間なので自分の興味のあるところには寄り道もしたくなる。それぐらいは許してくれるのかな。でも寄り道をしている間もボートは流れていく。時間は止まることを知らないからね。いや、知っている上で「止まらない」という選択を取っているのかもしれない。

時間をもっと大事にしなきゃなって最近は思っている。ろくでもないことに時間を費やすのは本当にもったいない。よく、「時は金なり」っていうけど、時間って意識しないと、どれほど無駄にしているのか全くわからなくなって、お札をちり紙として使っているような状態になってしまうことがあるから、気をつけないといけないなと思う。でも正直、常に時間の貴重さを意識するのって難しいし、大変。そこで、気にしなくても時間を無駄にしない使い方で固めちゃえばいいんじゃない?っていうことを思いついた。

それはつまり、習慣化。もちろん、必要な習慣や良い習慣を形成すること。やっぱり、習慣が不安定だと、時間の損失は非常に大きくなりやすい。なんとなく、8時から仕事を終わらせようと思っていても、それが習慣じゃなくて、突発的な思いつきの行動だと、8時になった時に「ちょっとこの動画おもろいから、見てからにしよう」と言って、ずるずる先延ばしをしてしまう。だけど、一ヶ月、半年、ー年と続けてきた習慣だったら?「8時になった、よーいスタート。」これだけ。もう、そこに選択の余地や意志は存在しない。8時というトリガーによって、行動がほぼ自動的にスタートする。そこに無駄はひとつもない。いわば習慣は、時間を隅から隅まで有意義に使い倒す最強の自動ツールかもしれない。

人間の意志なんて微々たるものなのに、なんで私たちはそんなものを信頼するの?何回私たちはその意志に裏切られたのだろう。マシュマロを食べちゃいけないと言われて、本当に食べなかった人は全体の何割だろう。私たちの意志の力は高が知れているのだから、期待しちゃいけない。

明日からは十月だ。さぁ、ボートに良い自動モーターを付けよう。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。