【コラム】「デジタルが作る新たな物語」2021年10月02日 32回

僕が今書いているこの文章は何なんだろう。

「現在進行中の多くの技術革新は、従来の技術が段階的・連続的に達成してきた樹木や果実を大型台風のように根こそぎ吹き飛ばしながら、状況を完全に変化させてしまうという事態に思えて、私はむしろ暗澹とした気持ちになる。」(引用『デジタルを哲学する 時代のテンポに翻弄される<私>』)

刻一刻と変わりゆくこの世界で、現代の情報媒体を席巻しているインターネットというメディアが私たちに与える影響は膨大で、そこには良い面もあれば悪い面もある。同書によると、インターネットの普及により従来の著者性は崩壊し、十分に吟味されていない文章が世の中に出回るという悪い側面があるようだ。であれば、今貴方が読んでいるこの文も当然インターネットを介して届いているわけであり、それも従来の情報発信の手段とは違う形式であるために異なる部分も存在するだろう。この文のように、発想と発表との垣根が崩れ、「自我境界の曖昧化」や「自己の短絡」といったもので世の中が溢れかえっているというが、そんなこともないのではと思う。

それを裏付けるのは従来のメディアとの比較だ。例えば、書籍を例にあげるならば、筆者曰く、書籍は十分吟味された文章ということができるのに対し、インターネットは前述の通り、それに相反しているといえるらしい。だが、書籍にだって吟味されなかったり、あるいはされた上でも思案がそのまま世に発信されることだってありうる。

また、逆に吟味される前の段階に面白さがあることもある。メイキングといったものがインターネットが普及する前からあったように。精巧に構築された文章を必要とするときもあるが、別に思いつきで書いた文章を淘汰する必要もないのではないか。それを読者とどう共有するかも大事で、目的に合わせた文を書くべきではないだろうか。

この文だって、僕と読んでくださる方の融合によって成り立っている。

良い一日を。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。