【コラム】「お金の価値を捨ててみる」2021年10月08日 38回

お釣りでもらった十円玉が今年造幣されたものだったので、少し嬉しくなった。

あまりにも光沢があるものだから、結構驚いた。なんとも言えない暗さで、若干錆びた、あまり触りたくない硬貨こそが十円玉だと思っていた。そんな中、あんなピカピカなものを見たら、そりゃあ十円玉であることすら疑ってしまう。まるで宝石のように綺麗だった。いっそのこと財布の小銭が全部新しくなっちゃえば良いのに。とはいえ、この新しい小銭も徐々に錆びていって、「いわゆる十円玉」になるんだろうな。

そもそも、お金って偉大な旅人だと思う。僕がスーパーマーケットで支払ったお金は長い長い旅に出る。レジを通り、銀行に運ばれ、銀行の中で大冒険をして、誰かに引き出されたりや運搬されたりして、どんどん別のところへ旅をする。人から人へと移りゆく。いろんな財布の中に入り込み、また何かと交換され、レジを通り⋯⋯そうやって、長い年月を掛けて様々なところを転々とする。

そして、運が良ければ、巡り巡って僕の手元へ帰ってくる。帰ってこないと思っていた人にまた会えるのはどれほど嬉しいことか。そう思うと、いますぐ財布を開けて、お金の顔を確認したくなる。君は、この前僕が本屋で送り出した五百円玉なのかい?なんて語りかけたくなるほど愛着が湧いてしまう。

お金、お金というと品が無いとか言われそうだが、僕はあえて、価値とかじゃなくて、一つのモノとしてお金を眺めてみたんだ。そういう見方をすると、世界の広さや限りの無い奥深さを感じる。お金っていうものは面白いシステムだなあと思いながら、小銭達の旅支度を始めた。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。