【コラム】2021年10月09日「野生に憧れて」39回

フィーリングというのか、本能的というのかは分からないが、綺麗なカタチを打ち砕いて、思うがままになりたい、と思ったりする。

思うがままっていうのは別に、「良いもの食いたい!」とかいうのではなく、どちらかというと、全ての力を解放して、倒れ込むように突っ伏して全身で何かを感じ取りたい、といったようなものだ。ただただ、野生に⋯⋯ 野生というと、野生動物に失礼と思われるか?いや、僕は全く悪いニュアンスを持たない「野生」として使っているので、勘弁してくれ。野生に生きたい⋯⋯ 、「生きたい」だなんて大袈裟だ、「動きたい」ぐらいにしておこう。兎に角、なんとなくぶっ倒れるように寝て、何かに喰らい付くように打ち込んで、またぶっ倒れて、というような、品のかけらもない生活をしていると、なんとなく真の意味での「生」を感じる。年齢とか関係なく、その状態がいわばフローであり、熱中状態なのだろう。誰だって、なにかに熱中しているときは何かしら感じるものがあるんじゃないだろうか。頑張っているアピールとかいう、くだらない承認欲求の塊が飛び交う時代に、そんなことを言えば、お前も「アピール野郎か」と揶揄されるかもしれない。別に否定はしないが、肯定もしない。「くだらない承認欲求」は要らなくても、「承認欲求」は誰にでもあって当然なものだし、その一つとして「熱中して自己満する」というのは立派な欲求解消行為だろう。くだらないっていうのは「いいね遊び」のようなこと。

そんなこんなで、今ふと思いついたのが、「ワイルド」という言葉。もちろん、wildは日本語で野生という意味なんだけど、なんか、片仮名で「ワイルド」と書くとすっごいしっくりくる。別にサバンナを走り回りたいとかじゃなくて、この現代生活の中であたかもサバンナにいるかのような生き方をしたいんだよ。いや、サバンナは比喩で、実際にサバンナに行ったことなんてないし、僕の想像でしかないんだけどね。

共感されるかどうかなんて知らないし、なんと思われようと構わないが、一度やってみたらあぁこういうことね、って思うかもね。

よし、そろそろぶっ倒れる時間だ。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。