【コラム】「うごけるね」2021年12月07日 45回

◆遠くから見ると、実際は異なるものが同じように見えたりする。たとえば、花を育てようと思って種を買ってきたとする。基本的に種は数粒ずつ軽く穴を掘って、並ぶように植えていくと綺麗なガーデニングに近づくが、たまにその手間を惜しんで、種を簡単にばら撒くだけで良いという人も見かける。花はどんな環境であれども精一杯生きようとするので、もちろん咲いてはくれるのだが、よく見ると種を粗末に撒かれた花は根がきちんと張っていなかったり、伸びていく方向によって近くの花と場所が被ったりして、日が当たらずに弱ってしまっていることがある。近くで見れば、きちんと育てられた花と、手入れが行き届いていない花では違いが一目瞭然であるのに、離れて見るとその違いは意外にも簡単にわからなくなってしまう。

◆遠くから見れば、「植物」や「花」という大きなカテゴリの一つ、ぼやけた被写体の一つでしか無くなるわけだ。でも逆を言えば、近づくだけでその違いは顕著に現れてしまうということだ。今は花を例に取り上げたが、人間だって同じだろうと思う。猫を被っている者と素直に懸命に生きている者は遠くから見ればその違いは全く分からないが、近づけばそれはすぐにわかる。本当にしっかりしている人は「根」があり、「まっすぐ」伸びている。そこには個性やユーモアが混じって美しい曲線やひねりが生まれているかもしれないが、その中心には強く太い芯があることは、直接中身が見えなくても近づけばその様子から綺麗に見えてしまう。だから、嘘をついたり、よくない行動をすることを罷り通すのはそもそも人間にとって不得意なことなのかもしれない。人は、生まれたときから正直になるプログラムが書かれていたのだろう。だけど、生きている過程を通じて人間関係や環境などを通じて気付かぬ間に書き換えられていたのかもしれない。

◆だけど不思議なもので、プログラムはまたそれを元のように書き換えることができてしまう。それが、もしかしたら花には無い強みかもしれない。花は咲く場所を選ばないというが、どちらかというと選べないに近い。けれども人間は自由に選べる権利を持っているし、咲くタイミングも全部自分で決めることができる。なら、最高の場所で最高の時に大きく咲きたい。遠くからも見えるぐらいに。

■人間は動ける根を持っている。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。