【コラム】「言葉の海に出る」2021年12月15日 53回

◆辞書には個性があり、それはそれは奥が深い。だが私は昔、浅学ながら辞書というものは堅く、味気ないものだと思っていた。しかも、収録範囲がほぼ同じであれば、辞書は一つだけあれば良いのではないだろうか、強いて言うならば、挿絵があったり、見やすさで辞書は勝負しあっているのだろうと思っていた。しかし僕が幸いにもその誤解を解くことができたのは、言葉が好きというセーフティーネットがあったおかげだ。辞書そのものにはあまり魅力を感じていなかったものの、自分の知らない言葉を引いて、意味を知って、付箋を貼ることで、ゲームでいうところの経験値を集たり、レベルアップするように楽しんでいた。徐々に自分の語彙が蓄積されていくのが付箋の量として目に見えるのが何より楽しかったし、自分の知らない言葉に出会ったときは目を輝かせていたと思う。

◆そして、その後辞書を買い換えようと思った。当初私が使っていた辞書は収録語数が少なく、本などを読んでいて見つけた、分からない言葉が辞書に載っていなかったことがきっかけで、そろそろステージを1から2へあげる必要があると感じたのだ。新たなワールドに入る──そのワールドを自分で選べるとなった時に初めて、「辞書の違い」というものを知ろうとしたのだ。そしていざ蓋を開けてみると、その差異に驚いた記憶が今でも鮮明に脳裏に焼きついている。その時私が手に取った辞書が偶然、対極に位置するようなものだったのかもしれないが、とにかく自分が全く同じだと思っていた言葉の意味が辞書でこんなにも変わるのか、と気づくと、私はもうワクワクしていた。自分の知らなかった事実、世界が一冊の本の中に広がっていたのだから。

◆ 三浦しをん著『舟を編む』を読んだのはそれよりしばらく後のことで、些少ながらも辞書について詳しくなった頃だ。映画化もされたので、ご存知の方も多いとは思うが、ある有名なシーンがある。概ねを述べると、それは辞書編集部のベテランが新人を採用する上で質問した「右をどのように定義するか」というシーンだ。その回答についてはぜひ本または映画で知るか、確かにどのように定義するのだろうと思った方はお手持ちの辞書で引いてみていただきたい。僕はそのシーンを見ていたときは、自分は所謂「辞書の右マニア」だったので、その界隈の「右」は全て調査済みであり、その点は優っているなと感じられて嬉しかった。

◆言葉は、見る角度や見る場所からいくらでも違った姿を見せてくれる。だからこそ、様々な辞書を読むことは、言葉をより立体的に捉えることができる素晴らしい機会だと思っている。知らない言葉はまずその意味を知る、知っている言葉はさらにその一歩奥に踏み込む。言葉の海は限りない。

■さまざまな辞書を読む事は、あなたの中に唯一無二の大きな辞書をつくる。

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Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。