【コラム】「楽しめばいい」2021年12月17日 55回

◆之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。孔子の言葉は実に的確だなと思った。知識っていうものを軸に考えてみると、ただただ字面を追ったり話を聞いて覚えようとする人はどうしても息苦しくなりがちだ。息が苦しくなればやっぱり息継ぎをしなきゃいけなくなる。でも、知識を学ぶことが好きな人は少なくとも前者より息は長く続く。だから、そんなに何回も息継ぎをする必要はないってわけだ。で、さらにその上をいくのは心から楽しむ人で、そういう人はもはや息を継ぐ必要がない。学ぶという行為が呼吸なのであり、逆に学ばない方があぶないというレベルだ。こう見てみると至極当たり前なことなんだけど、意外と多くの人は心から楽しまずに過ごしていることが多いし、だからこそ、その仕組みに気づいた孔子の言葉は的を射ていると思う。

◆楽しんだ方が絶対に強いのに、自分の周りを見渡してみれば「なんとなく」という感じで怠惰にやり過ごしている人が結構いたりする。会社、学校、生活の中にはたくさんの辛いことや壁があるし、それと毎日毎日向き合うのはとても大変なことだ。だけど、人間っていうものは賢いように見えて意外と「ばか」で、「楽しい!」って声に出してしまえば、なぜか脳は「ん!これって楽しいことだったのか!」と勘違いして徐々にテンションが上がってきて、さっきまで思い悩んでいたことや怠かった仕事がパッと解決し始める。書類の束がデスクの上にドサっと置かれていたとして、ネガティブに思えば「こんなにあるのか⋯⋯面倒臭いな」と見えちゃうし、ポジティブに思えば「この量をこなせば絶対気持ちいい!どうやって早く終わらせようかな〜」と見えてくる。どうやってやらないで済むかとか、やる量を減らすかとかという「やらない」方向じゃなくて、どうやってこれを早く綺麗に終わらせるかとか、楽しめるような要素を設けるか、という「やる」方向で前向きに考えることが大事なんだと思う。例えば、タイマーを置いて何分以内に終わらせる!とか、お気に入りのペンを使って読み込んだり書き込んでいくとか。理由や動機なんてなんでもいい。脳をだましてしまって、楽しめばいい。仮に最初の作業がウソの楽しさであったとしても、徐々にそれをやっていくうちに今まで億劫に感じていた壁をズバズバと切り崩していくことで本当の楽しさに気づき始めるから。

■何事も楽しめば、危機は機会に変わる。

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Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。