【コラム】「社会の縮図、メダルゲーム」2021年12月23日 61回

◆昔ゲームセンターでメダルゲームを好んでやっていた記憶がある。数枚の百円玉を機械に入れるとジャラジャラジャラと輝く銀色がたくさん出てくる。それをちっちゃいバケツのような入れ物に入れて店内を駆け巡る。どこにどれぐらい使うかを自分なりの審査基準を基に子どもながらの小さい頭でよく考えていたものだ。そのとき、きっとメダルゲームは運の遊びではなく、実力が結果を左右する、自分にかけられた挑戦なのだと思っていた。だから楽しかった。何としてでも自分の実力でメダルを手にする必勝法を見つけたかった。そんなにゲームセンターによく行くわけではなかったので一回一回の挑戦のウエイトは大きい。しかも、メダルが無くなったらまた買い足せばいいというのは禁じ手だと自分に言い聞かせていた。そしてゲームを決めたら、ただ闇雲にメダルを突っ込めばいいってものではない。タイミング、ゲーム設定、投資費用とリターンの割合をしっかり把握しなければ勝利はつかめない。そう、子供にとってのメダルゲームはギャンブルではなく投資になりうるのだ。結果として、ぼくはメダルゲームの覇者になれはせず、いいところで失敗して良い具合の時間で帰ることができた。(もし勝ち続けていたら色んな人に迷惑をかけていたかもしれない。今の時代は、メダルを貯金できるシステムがあるらしいが。)

◆メダルは得られなかったけど、いい経験は得られたと思っている。メダルゲームコーナーは一つの社会の縮図だ。もちろん、大人を含めれば偏りがあるかもしれないが、多くの子どもが一度は通っている道だから、子どもにとっては経済やお金の仕組みを知る一つの良い機会だろう。ここでは、直接働いて得るお給料というよりは投資がメインにはなるが。それぞれが元手を用いて自分の選んだゲームに投資する。一つだけのゲームに集中投資する人もいれば、さまざまなゲームに分散投資する人もいる。そのやり方を眺めているだけでも、投資の仕方は千差万別でまた面白い。

◆ぼくが最終的に得た一番大きい学びは「メダルを大量に得た後の話」だ。ぼく自身は先の通りそんなにメダルを手に入れることはできなかったのだが、空っぽになったバケツみたいなものを抱えて上を見上げると、大量のメダルをもった大人の「大富豪」がいた。ぼくは嘸かし幸せなんだろうと思った。ずっとそれで遊べるじゃないか、と羨ましく思った。だが、その後大人が取った行動はぼくの予想を大きく裏切った。全てのメダルをぼくを含めた子どもたちに渡して去っていったのだ。僕は大混乱だった。なんでせっかく手に入れたメダルを渡しちゃうの、と。でも今ならなんとなくその意味が分かる気がする。

■いい経験をしたものだ。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。