【コラム】「氷柱が語る人間の変遷」2022年01月02日 71回

◆氷柱を見ると冬らしさを強く感じる。子どもにとって氷は大好物であり、夏は冷涼を求めてそれを口にし、冬は自然が生んだ天然の透明な刀に唆られる。その造形を維持しようと必死になるが、いずれは溶けてゆく運命を悟り、子どもながらにして質量のあるものの物質性を肌身で感じることになる。氷は子どもの中では何にも優る宝石であったのにも関わらず、大人たちはそれを氷より冷たい目で見て、怪訝そうな顔をする。冷たく、滑って固くて危ないといった理由で氷を煙たがる。そんな気持ちの中子どもを見ると、この上なく幸せな表情で氷と向き合っている。自分にもこんな時があったのかと思えば、さまざまな経験をしてもう自身の心は汚濁してしまい、もうあの氷のような純粋な心には戻れないのかと思うと、今度は質量のない非物質的な不変性に寂しさを感じる。

◆『枕草子』第四十二段では「あてなるもの薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて」という記述があり、氷を上品で美しいものと捉えている。昔は宮中でも氷は貴族に好まれていた。というのも当時は現代のように氷を保存する術もなく、それを(特に夏に)簡単に手に入れることは大変難しかった。日本書紀の記述に基けば仁徳天皇62年に応神天皇の皇子であり仁徳天皇の異母兄弟である額田大中彦皇子が闘鶏(つげ)を訪れた際に「氷室」を目撃しており、村長曰く地面を一丈余掘り、草を敷いた上に氷を置いておくと氷が溶けないと説明した。つまるところ、とにかく手間がかかったのだ。それが現代ではどうだろうか、われわれ一家に一台はある冷えた鉄の塊から箱を取り出し、それに水を入れて再び入れれば、数時間にはさいの目切りになった氷が大量に生成される。貴族たちがこれを見れば、いったい何を思うのか。あまりにも急速な時代の流れに改めて気づかされるところである。

◆そのように氷というものを自在に操れるようになったように思えるわれわれ現代人だが、さてそれによって氷はより一層好まれるようになったか。いや、そんなことはないだろう。夏はほぼごまかしの涼しさのために飲み物に入れるほどで、冬は非常に氷を毛嫌いし、氷柱には先のとおり愛想のかけらもない目を向けてしまう。文明の発展と豊かさの相反する関係をしみじみと感じ、それでもきらきらと目を輝かせる子どもの視線の先にあるのはさいの目切りにされた氷ではなく、自然が生んだ宝石である。それは仁徳の時代と同様の人間の手では操れない神秘性をもっているからだろう。

■氷柱が輝くのは夏ではなく冬であることに、人間は抗えない。

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Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。