【コラム】「鴨長明にみる無常」2022年01月04日 73回

◆初詣で下鴨神社に行ったという人もいるだろう。下鴨神社には言社やみたらし池などたくさんの見どころがあるが、中でも賀茂川と高野川が合流する三角州にある約12万平方メートルにも及ぶ糺の森はとても奇麗で趣深い場所だ。そこに流れる「奈良の小川」はかの有名な一句、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」を鴨長明に想起させたという。この一文は諸行とその行方、ある種の完結された哲学とも言える無常が明瞭に示されている。同じ川であれども、鴨長明と我々では見方が違い、なかなかそれほどの無常の境地には辿り着けないと思う。彼の身に降りかかった数多なる災厄の重みが自身の見える世界を大きく変えたのだろう。

◆禰宜(ねぎ)の後任争いに負けた後に、飢饉や火災、大地震、疫病などの数々の災いが起きた波乱の時代を歩んだ鴨長明。紆余曲折を経験した彼は心身ともに苦しめられるその重圧を解こうと55歳で日野に引っ越して四畳半の庵で隠居生活を始めることとなる。裕福な家庭で育った鴨長明は元の家より遥かに狭い住まいを自ら作り、そこで余生を送ることを決めた。彼にとって必要だったのは、広い家でも豪華な作りでもない、ただただ質素で余計に心を囚われない場所であった。物質的に欲求を満たそうとすると、それらはみな先のような災いで簡単に失ってしまう。何かをいくら追い求めて、欲求を埋めて、満足したとしても、それは川の流れの如くあっという間に過ぎ去っていく。そうした自分を狭める囚われの身になるのではなく、何も追い求めず今を眺めて無常に浸る道を彼は選んだ。無常に対する彼の深い考察をまとめた方丈記からは一色では到底表すこのできない、無常というものを辞書的に示すのとは訳が違う重みと深みが直に伝わってくる。

◆方丈の庵は極めてシンプルだ。それはいつでも手放せるように簡素な作りになっている。人は苦しい時に必死になって何かに縋ろうとする。だがしかし、彼は藁をも自ら放すのだ。だが、それは現実に対する「諦め」ではなく、「受け入れ」なのだろう。そう思えば、藁から手を離した時に自分は闇に消えていくのではなく、全てから解かれて自由になるということを意味すると言える。50年という年月をかけて何度も自分に問割れた「生きることの意味」。一言でいえば無常で終わるが、それを語るには膨大な時間がかかる。ならばあえてここで、その意味に縋るのをやめて手を離してみようと思う。

■糺の森を歩いて、奈良の小川から何を感じるかもう一度考えてみたい。

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Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。