【コラム】「七草がゆをキャンバスに描く」2022年01月07日 76回

◆今年最初の人日の節句が今日である。古来中国では正月の1日を鶏の日、2日を狗の日、3日を猪の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日としてその動物の殺生を避けるようにしていた。そして7日が人日として、犯罪者への刑罰を行わないこととしていた。さらに、中国最古の歳時記『荊楚歳時記』には「正月七日、人日と為し、七種菜を以って羹と為す」と記されているように、六朝時代の中国には7種の野菜を集めた羹を食べる風習がある。それが日本に伝播し、元来日本にあった年初に雪の間から芽を出した草を摘む「若菜摘み」という風習が混ざり合って今日の七草がゆになっている。実際に無病息災を願って七草がゆを食べる人も多いだろう。胃腸を休めつつ、しっかりと栄養を補うという点でも優れものだ。

◆春の七草とは源氏物語の注釈書である『河海抄』に「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞななくさ」と五七五七七で示されている。さまざまな語呂で覚えられている7つだが、そのまま短歌のようにして覚えてしまうのも一つの手だろう。さて、その中の一つ「すずしろ」は当て字で清白とも書くように汚れがなく清く美しい様を表す。汚れがない純粋の白、それはわれわれの理想の色とも言えるが、最も遠い存在とも言える。人生を色で考えるならば、それは色の足し算のように思える。真っ白なキャンバスにさまざまな絵の具を加えてその人なりの絵を描いていく。もしかしたら、色が入り混じりすぎて最終的に黒になって終焉を迎えるとも言えるのかもしれない。初めも終わりも絵ではないというのならば、絵が最も輝くのは生きている今なのだろう。となれば、若い方がまだ余白もあり色も少ないので表現の可能性が幅広い。だが、年齢に関係なく絵をどう表現するかは生きている限りみんな平等に持つ権利だろう。どんなに、昔の絵がいびつであっても、若い頃に黒色を入れたとしてもその変化の仕方は無限通りにある。

◆過去も未来も恐れることなく今の時を歩む強い気持ちがあるのならば、どんなキャンバスでもそれは常に生まれた時の真っ白なキャンバスと違いがないほどに清く美しい。今までの汚れや疲れを解くためにも今日は一旦かゆで落ち着かせてみてはいかがだろうか。そしてまた新たな物語を描き始めていきたいものである。幸いなことに人生の絵画には価格も良い悪いもなく、伸び伸びと描けるのだから。

■どんな状況であれ、希望を持つかどうかは自分が決めるものだ。

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Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。