【コラム】「クレイジー沙耶香」2022年01月10日 79回

◆ 西加奈子、加藤千恵、朝井リョウらの作家仲間から「クレイジー沙耶香」と呼ばれているほど異質なオーラを放つ生き方と書き口で知られる小説家の村田沙耶香。デビュー作の『授乳』(講談社)から始まり、『殺人出産』(講談社)『消滅世界』(河出書房新社)といった才気走る独特な世界観を世に送り出したのちに、2016年に『コンビニ人間』(文藝春秋)で芥川龍之介賞(以下芥川賞)を受賞した。特に『コンビニ人間』は対象を問わず、読みやすい純文学として100万部を超える大ベストセラーとなり一世を風靡した。大学時代から続けていたコンビニアルバイトの経験もあるからか、ぼかしのない鮮明な表現は読者を一層作品に引き込む。彼女は芥川賞を受賞してからもコンビニのアルバイトを続けたという。

◆『コンビニ人間』が彼女の著作の中で最も多くの人知られている作品であると思うが、彼女の世界観はそれ以外の著書にも色濃く出ている。『殺人出産』は子どもを10人産んだら、1人を殺してもいいという「殺人出産システム」によって人口を保つ日本を描いたディストピア作品である。ディストピアの面白いところは「フィクションなのに、フィクションとして割り切れないこと」にあると思う。遥か遠くを描いているつもりが、対象物は背後に迫っていたりする、その妙な感じが一つの魅力であろう。村田沙耶香はそれを、読者の肌に触れるか触れないかの際どい境界を体毛に軽く触れるが如くゾワゾワと感じさせるプロフェッショナルである。

◆それはもはや「ある技術」なのではなく、彼女の本自体が「その世界そのもの」であり、その世界ではそれはフィクションではなくただの真実に過ぎず、読者はそれを本だと知らずして足を踏み入れる。そのリアルと文字の境をかき消すような魔力を彼女は放っているように思える。その時それはディストピアという反「理想」郷ではなく、冷酷な「現実」に移り変わる。子どもを1人殺してもいいという異質な制度を異質として見ることができなくなる。それを当たり前のように感じてしまう、制度そのものではない、人の心理の恐怖が最も狂気じみていることに薄々と気付かされていく。それは、フィクションとリアルを切り離して考えずにフィクションがリアルに呑み込まれている時に初めて思い知らされる。そうなればそれはもう文学の領域を超えた別次元への招待を意味していると言えるのかもしれない。

■ジャンルや概念を超越している作家だ。

Σ

Pythonとジャスミンを創りました。好きな言葉は「知崇礼卑」です。