日刊ジャスミン



お知らせ2022年1月25日の日刊ジャスミンの配信に遅れが生じておりました。現在は復旧しましたが、昨日の公開時間があまりにも短いと判断したため、昨日の日刊ジャスミンを臨時で本日限り公開いたします。以下の「臨時公開リンク」よりご覧ください。なお、臨時公開ページは昨日の日刊ジャスミンの閲覧以外の動作(ハートやメニュー)が制限されておりますのでご了承ください。読者のみなさまに大変ご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
臨時公開リンク

◆我が国で長く愛され続けている小説(アニメ)『時をかける少女』の生みの親として有名な筒井康隆。知能指数(IQ)は小説家の中で最も高いとされ、数々の歴史を刻んできた偉大な作家だ。その中の一冊、『残像に口紅を』が非常に巧妙な設定で私たちが欠いている部分の凹みをじわじわと痛ませる。小説家の佐治勝夫(さじ かつお)が「汎虚構理論」という独自の文学理論を発展させようと悩んでいたところから物語は始まる。現実そのものが虚構であると考えている佐治は評論家でもある友人 の津田得治(つだ とくじ)と話し合い、「言葉を徐々に失っていく話」を書くことにした。この世の中から50音と濁点・半濁点が次第に消えていったらどうなるのかを実験したのだ。「あ」という言葉が失われると、妻や子どもへの「愛」が失われて、「お」を失うと「思い出」も失ってしまう。言葉が世の中をあらしめているのであれば、言葉を失った時に人はどうなってしまうのか。ページをめくり、章が進むごとに言葉が減っていく──多少減っても問題はない、そう思っていた自分の愚かさを最後に知ることになる。言葉とは何なのか、私たちはそれとどう向き合うべきかを考えに考えさせられる作品である。

◆新聞に目を通せば「若者の語彙力低下」という見出しを見かけることがある。街を歩けば、「ヤバい」「可愛い」「マジ」といった両手に収まる数の単語で会話をする人の声が聞こえてくる。小欄はそれ自体を否定するつもりは全くなく、相手とコミュニケーションを取りやすい好きな言葉を使っていいと思う。むしろ友人との会話で言葉を常に意識していては会話が滞ってしまう。しかし、言葉自体の存在を否定するのは大きな誤りである。使わないからといってその必要性を疑う人がいるのならば、きっと言葉を失って初めてその存在意義を感じられることだろう。よく使う単語が十ほどしかなくとも、それらを成り立たせているのは無数の言葉が形成する土台である。それらを失ったときにはあなたの中の「木」は根が腐敗し、倒れていくことだろう。人々が多用する少数の形容詞は葉であり、それを支えているのは枝と太い幹と長い根である。人はその葉を「言の葉」と呼んだが、その根底には「言の根」があるのではないだろうか。

◆一読した後に、タイトルを見返して欲しい。『残像に口紅を』。ウィトゲンシュタインの「私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する」という言葉に則るのであれば、言葉を失った世界は空白、つまり触れることのできない残像に過ぎないのだ。それを真っ赤な口紅でいくら塗ったとしても、口紅は水に流されるかの如く垂れ落ちていく──その下に溜まっている水は、混沌とした生々しい実世界を現しているのかもしれない。

よくある質問